山中漆器の革新者が放つ極限の美。世界を射抜く我戸幹男商店の挑戦
我 戸 幹男 商店の手がける器を前にすると、誰もが息をのむ。そこに佇むのは、旧来の民芸調や装飾過多な工芸品とは一線を画す、研ぎ澄まされた彫刻のような陰影を持つ漆器だ。石川県加賀市山中温泉の静謐な工房から送り出されるプロダクトは、いまや日本国内の目利きにとどまらず、欧米のトップデザイナーや星付きレストランのシェフたちまでも虜にしている。450年以上の歴史を誇る産地で、なぜこれほどまでに先鋭的な挑戦が可能だったのか。その背景には、素材と技法への絶対的な敬意と、痛烈なまでの危機感があった。
薄く、鋭く、息を呑むほど滑らか。極限まで削ぎ落とされたシルエットから立ち上がる欅(ケヤキ)や桜の力強い木目は、道具としての機能美とオブジェのような緊張感を奇跡的なバランスで調和させている。卓越した外部デザイナーと熟練の木地師を束ね、現代のライフスタイルに深く刺さるスタンダードを確立した我 戸 幹男 商店の軌跡は、構造的停滞に悩む工芸界全体に鮮烈な一石を投じた。
石川県加賀市山中温泉から世界へ――木工挽物が起こした静かな革命

山中温泉の奥深くに息づく山中漆器には、他産地にはない決定的な強みがある。それが「木工挽物(もっこうひきもの)」、すなわち回転する木材に刃物を当てて削り出す木地作りの技術だ。会津や輪島が塗りや蒔絵の加飾で名を馳せる一方、山中は古くから「木地の山中」と称され、狂いの少ない縦木取り(樹木の生えている方向に沿って木材を切り出す技法)を得意としてきた。
木目が美しく際立ち、薄く削り出しても歪みにくい。この特性を極限まで突き詰め、伝統の枠から一気に解き放ったのが同商店である。分業制が当たり前の漆器業界にあって、彼らは自らプロデューサーとなり、木地師の限界技術を引き出す挑戦を重ねた。刃先がわずか0.1ミリ狂えば破綻するような難関デザインを、職人との対話によって次々と形へと落とし込んでいったのだ。
独占取材:我戸正幸が語る「伝統の木地挽き技法」と極限の機能美

「木地そのものが持つ美しさを、塗りつぶしてしまうのはあまりにも惜しい」。代表の我戸正幸氏は、静かな口調の中に強い情熱を滲ませて語り始めた。かつて下請けの卸問屋として工房を営んでいた同社が、自社ブランドの立ち上げに踏み切ったのは2000年代初頭のことだ。安価なプラスチック製合成漆器が市場を席巻し、本物の木製漆器が売れなくなるなか、我戸氏が下した決断は「木目を愛でる原点への回帰」だった。
「漆工芸の魅力は、華やかな装飾だけではありません。木が何十年、何百年とかけて育んできた命の痕跡を、職人の手で削り出し、透き漆や拭き漆で際立たせる。そこに一切の誤魔化しは効きません。だからこそ、ミリ単位のプロポーションに徹底してこだわり、持ったときの軽さ、唇に触れたときの心地よさを追求し続けています」(我戸氏)
職人たちからは当初、「こんな薄く尖った形状は挽けない」「割れてしまう」と猛反発を受けたという。だが、試作を何十度と重ねるうちに、職人側のプライドに火がついた。刃物の角度を変え、木材の乾燥度を見極め、不可能を可能にする技術革新が工房内で巻き起こった。伝統の木地挽き技法がモダンデザインと邂逅した瞬間だった。
世界を魅了する珠玉のコレクション:KARMIとTSUMUGIの衝撃

その研ぎ澄まされた哲学が具現化した代表作が、茶筒シリーズの「KARMI(かるみ)」である。金属製の茶筒が主流となるなか、100%木製でありながら驚異的な気密性を誇るこのプロダクトは、フタを合わせると自重でスーッと滑らかに閉まる。木が呼吸し、収縮することを計算し尽くした木工挽物の極致だ。茶道文化に根ざしながらも現代のリビングに溶け込むこの造形は、世界中のバイヤーを唸らせた。
一方、日本の伝統的な器の形状を現代に再解釈した汁椀シリーズ「TSUMUGI(つむぎ)」もロングセラーを誇る。「富士」「百合」「毬」など、日本の美意識を象徴する輪郭をベースに、手にしっくりと馴染むシャープな高台とふくよかな胴のコントラストが見事だ。毎日の食卓で使ってこそ生きる、工芸品の真髄がここにある。
グッドデザイン・中小企業庁長官賞が証明した漆工芸の新たな地平
挑戦の成果は、デザイン界最高峰の栄誉として結実する。同社は数多くのコレクションでグッドデザイン賞を受賞し、なかでも「グッドデザイン・中小企業庁長官賞」をはじめとする栄誉を重ねた。これは単なる見た目の美しさだけでなく、地場産業の構造を再定義し、地域経済と技術継承を循環させたビジネスモデルそのものが高く評価された結果だ。
百貨店の工芸品売り場に並ぶ「高嶺の花」から、ライフスタイルショップや国際デザイン見本市でバイヤーが競って求める「コンテンポラリー・デザイン」へ。漆工芸の地平を一気に押し広げた功績は計り知れない。
日本工芸堂やYouTubeが牽引するグローバルな熱狂と共鳴
情報発信のあり方も劇的に進化した。上質な工芸品を国内外に発信するセレクトプラットフォーム「日本工芸堂」などを通じ、都市部の若年層や海外の愛好家がダイレクトに作品へアクセスできる環境が整った。質感やサイズ感を精緻に伝えるデジタルアーカイブが、オンラインでの高い購買率を支えている。
さらに近年、YouTubeをはじめとする動画メディアで工房の木挽きシーンや漆塗りの工程が拡散されると、海外のクラフトファンから感嘆の声が殺到した。丸太から美しい器が削り出される圧倒的な職人技の映像は、言語の壁を軽々と飛び越え、ブランドのファン層を世界規模で急拡大させている。
衰退に抗う伝統的工芸品産業の未来を切り拓く覚悟
日本の伝統的工芸品産業は今、後継者不足と需要減退という厳しい現実に直面している。しかし、我戸幹男商店が切り拓いた道筋は、産地が生き残るための明確な羅針盤を示している。守るべきは古い形式ではなく、素材に向き合う職人の技術と精神であり、変えるべきはそれを受け止めるデザインと時代へのアプローチだ。
木地に宿る命を削り出し、漆の透明な光沢で包み込む。彼らが紡ぎ出す器は、使い込むほどに艶を増し、生活の風景を静かに、けれど確実に豊かに変えていく。山中温泉の小さな工房から放たれる美の波紋は、これからも世界中のテーブルを心地よく揺らし続けるはずだ。 (出典: 我 戸 幹男 商店(Yahoo!ニュース))